旧湯川家屋敷
藍場川沿いの武家屋敷。川沿いに長屋門がある。川の水を屋敷内に引き入れて流水式の池泉庭園を造り、池から出た水を家の中に作られたハトバや風呂場で家庭用水として使った後、再び川に戻している。
藍場川沿いの武家屋敷。川沿いに長屋門がある。川の水を屋敷内に引き入れて流水式の池泉庭園を造り、池から出た水を家の中に作られたハトバや風呂場で家庭用水として使った後、再び川に戻している。
2016年廃校
作詞家高野辰之がここから紅葉を眺め、その美しさに惹かれて童謡「もみじ」を作詞したと言われています。
信越本線横川-軽井沢間が開通した当初は給水給炭所、1906年に鉄道駅に昇格する...
江戸時代後期の天保年間(1830~1844)頃の建築と推定される茅葺の直屋(すごや)。
屋号を酢屋(すや)といい、幕末には酢を製造していたとされる。
盛岡藩の特徴とされる「内ー...
旧片山家住宅は1759年の創業以来200年余にわたって弁柄の製造・販売を手がけてきた。現在でも弁柄が栄えた江戸時代末から明治時代の屋敷構えを残しており,吹屋の町並景観で欠くことの...
昭和43年建築の鉄筋コンクリート造りの3階建て事務所と敷地内に地上石油タンクを構えた油槽所施設跡地。瀬戸内海へつながる河口沿いに立地しており、かつては港を行き交う船へも燃料を供給し...
文政9年(1826)に建てられた母屋と土蔵が残っており、当時は、今の紙幣や小切手、商品券にかかわる切手札と金銀を交換する切手会所として開設されました。
平成25年3月に閉校した小学校。3階建ての校舎で、青色の廊下や階段が特徴的です。電気、水道は通っていません。
旧生方家住宅は妻入・板葺の町家でしたが、その様式・技法から見て17世紀末頃に建築されたと考えられます。
江戸末期の元治元年の大修理をはじめとして数回の改築・増築を経て現代に至りま...
和風建築の旧料亭の建物。
117畳の大広間や渡り廊下、中庭などがあり、増築により内部は迷路のようになっています。
3つの土蔵の内2つは2階建てで、現在は市の管理となっています。
茨城県の職業訓練校だった建物です。現在は、水海道市の福祉センターとして活用されています。3階の教室には、机や椅子などの学校当時の備品がそのまま残っています。
建物内部は、廊下・机・...
奈良市法蓮町から移築された江戸時代の民家です。町家と農家の要素が合わさった「法蓮造」という農家建築で、奈良市指定文化財に指定されています。
明治30年代初め勝沼郵便電信局舎として建設された洋風建築。
いわき市で130年続いた旧いわき市立田人第二小学校南大平分校を、割箸メーカー・株式会社磐城高箸が、見学・体験が可能な木材加工工場として再生しました。校舎は震災にも耐えた木造建築で歴...
明治42(1909)年 久原鉱業所日立鉱山によって建設された水力発電所の変電所。
赤煉瓦造りで切妻屋根の建物と寄棟屋根の建物。
国登録文化財
畑迫地区の病院を再現。診察室など当時の様子を再現した建物。
百十四銀行長尾支店だった西洋風の建物。
明治36年に日本で初めて創設された農林専門学校。現在の建物は大正2年の建築で岩手大学農学部の農業資料館として公開している。
18世紀の中ごろとみられる中級武家屋敷の数少ない遺構で国の重要文化財。
鉄格子の奥にとどめる昔日の姿。
相川の京町通りを山側に上って行くと、蔦の這う高さ3mほどのコンクリート塀が見えてきます。
1954年に新潟刑務所相川拘置支所として開設、佐和田地...
市指定伝統的建造物であるこの邸宅は2010年6月から有料公開を開始し、家屋内や土蔵に展示された美術品や相馬家に伝わる家財などを鑑賞することができる。
平成20年に閉校した看護専門学校の校舎です。
大正時代に建設された山口県旧県会議事堂。昭和59年国の重要文化財に指定。中央屋根に先端が反球形、下部を直方体とした塔屋が配されている。フランク・ロイド・ライトの影響がうかがえる斬新なデザイン。
重厚な雰囲気の議事堂では,クラシックのコンサートや舞踏会なども開催される。
1909年(明治42年)に新潟市営所通に建てられた旧県知事公舎を1988年(昭和63年)に新発田市が移築・復元し、記念館として公開しています。築後100年を超える、現存するものの中...
昭和48年に建設された鉄筋3階建ての校舎。平成19年3月に閉校となったが、平成29年からNPO法人地球年代学ネットワークが地球史研究所を開設。地質資源研究の拠点として活用しており、...
県立農業大学の跡地です。広大な敷地は耕作利用されています。住宅地にあり、大きな送電線が印象的な場所です。公道沿いなのでアクセスには便利です。
18世紀中ごろの日本建築の粋を凝らした風格あるたたずまいが往時をしのばせる。。約1000坪(約3200㎡)の広大な屋敷内には御成門をはじめ、日本建築の粋をこらした佇まいが今も当時の...
明治19年(1886)、2代目県令石井省一郎氏が建築。設計は外国人。一時駐留軍に接収されるが後に返還。昭和52年盛岡市歴史的建造物。
武家屋敷通りにある邸宅。1935年に建築したのを改築。
JR角館駅から車で約5分。
【飛騨・その他】【飛騨・駅・バス停】
岐阜県飛騨市にある旧神岡鉄道の廃線です。
線路での撮影が可能です。
車輛も動く状態で残っており、列車に乗ったシーンの撮影もできます。
岐阜県飛騨市にある旧神岡鉄道の廃線です。レールも残っています。
【飛騨・その他】
【飛騨・その他】【飛騨・駅・バス停】
岐阜県飛騨市にある旧神岡鉄道の廃線です。レールも残っています。
【飛騨・その他】【飛騨・駅・バス停】
岐阜県飛騨市にある旧神岡鉄道の廃線です。レールも残っています。
【飛騨・その他】【飛騨・山・自然】【飛騨・駅・バス停】
【飛騨・その他】【飛騨・駅・バス停】【飛騨・建物】岐阜県飛騨市にある旧神岡鉄道の廃線です。レールも残っています。
旧居留地内に唯一残る、居留地時代の商館。南面にベランダを持つコロニアルスタイルの建物。現在はレストランとして営業中。国指定重要文化財。
ドイツルネサンス様式の白亜の建物は、国登録有形文化財、神戸市景観形成重要建築物等に指定されている。現在は博物館の役目を終え、ひっそりとたたずんでいる。
佐賀市にある旧福田家住宅です。
実業家福田慶四郎が大正7年に構えた近代和風住宅で、随所に当時の建築技術の粋を垣間見ることができます。
旧秋元別邸は、明治末期に建てられ、秋元興朝(おきとも)とその子春朝(はるとも)が別邸として使用した旧館林藩主秋元家に係わりの深い建物で、昭和5年に東京駿河台の秋元家の屋敷の庭園から...
竜神ダムができる以前の竜神峡へのアクセス道路です。未舗装で、日中でも通行者や通行車両は殆どありません。一番奥まで進むと、崖上に竜神大吊橋と、売店の特徴ある建物が視界に入ってきます。...
大正15年5月に起工され、昭和2年10月に竣工した昭和初期の銀行建築に多く見られる古典的な様式です。
現在は内部を公開するとともに貸出サービスを行っています。
外壁には花崗...
令和2年3月閉校
文政9年(1826)に再建された旧大庄屋住宅(主屋は、文政2年(1819)に全焼し再建)で、国指定の重要文化財。
大庄屋の格式をよく示している役宅と、対象的に風雅な意匠が見られる...
昭和13年に建築された海軍航空隊の旧司令部庁舎。戦争記念館として一般公開しているが、撮影には柔軟に対応する。
国の重要伝統的建造物群保存地区である「肥前浜宿」の伝統的な茅葺町家で、一定期間お試し移住体験として暮らすことで、肥前浜宿・鹿島市の人や歴史、文化、まちなみの魅力を知っていただくための施設です。
18世紀中頃の建築。「米忠」という屋号で金具商を営んでいた旧家。
明治31年に建築され、大正15年まで郡役所として使用されていた。現在は町が所有。郡制時代の紫波の歴史を語る唯一の遺構として貴重である。
旧細田家住宅は、奈良町北部にある小規模な農家住宅です。17世紀末から18世紀初頭に建てられたとみられ、奈良市内で最も古い農家住宅のひとつです。茅葺屋根、広い土間や竈、奈良の農家住宅...